【トピック】虫歯の心配無用、人工細胞膜が矯正器具の汚れ防ぐ

虫歯の心配無用、人工細胞膜が矯正器具の汚れ防ぐ

biglobeニュースさんで読んだ記事です。

切通義弘(きりとおし・よしひろ、50歳)さんが社長を務める、東大柏ベンチャープラザ(千葉県)に入居するインテリジェント・サーフェスというバイオベンチャー。とある技術が確立して40年。その技術に学生時代から20年近くの情熱を注いできた研究者が一念発起して、医療機器での実用化を目的に、2016年に起業した。と記事にはあります。

歯列矯正中の口腔内での細菌増殖を抑制

 現在、インテリジェント・サーフェスが開発しているのは、歯列矯正用器材のコーティング材である。

 歯列矯正用器材の矯正ワイヤーは、歯を目的の方向に動かすよう”滑り”を維持することが重要なのだが、表面に食べかすなどが付着して歯石ができると、固着してしまう。

 さらに表面に細菌が繁殖して虫歯や歯槽膿漏の原因を誘発すると言われる。患者だけではなく、歯科矯正医や医療機器メーカーも解決策を探しており、同社に共同開発が持ちかけられた。

 こうした医療機器の表面をコーティングする材料として、人の体内に存在し、細胞などを包む生体膜を構成する主成分であるリン脂質の働きを模倣したMPCポリマーには長年熱い視線が注がれている。

 MPCポリマーで医療機器表面を覆えば、体内に埋め込まれる医療機器を生体が自己として認識するため、異物として捉えず生体反応を起こしにくいという特性がある。

 この場合の生体反応とは、異物と生体が接触することによって起きる不具合の総称である。

 例えば、人工血管の内壁に血液が触れると、そこにタンパク質が吸着し、血液成分がこびりついて血栓が生じる。血栓を形成しにくい健康な血管の内側のように、人工血管をMPCポリマーでコーティングすることで、生体反応を防ぐというわけだ。

 切通さんらは独自の技術でMPCポリマーを開発しており、医療機器メーカーと大学との連携で実施した6か月間の臨床試験では、期待通りの結果が得られた。

 MPCポリマーをコーティングした矯正ワイヤーの表面に発生した細菌の数は4分の1に減り、通常の口腔内の細菌の数と同じレベルに抑えることを実証したのだ。

 また、MPCポリマーは、水に濡れていると滑りがよくなるため、口の中で機能的に動く必要のある矯正ワイヤーの表面のコーティング剤としても適している。

 現在、人工血管やステントなどの医療機器の表面に使われるコーティング剤には、ヒアルロン酸、ダイヤモンドライクカーボン、酸化チタン、パリレンなどが使われているが、同社が調べる限りでは、歯列矯正素材のコーティング剤に類似品は存在しないという。

 物理的な吸着ではコーティングが剥がれてしまうこともあるが、化学結合であれば強固に固定することができる。

 血栓のもととなる生体反応を起こさない血液適合性、タンパク質非吸着性、防曇性の高いMPCポリマーを化学結合で強固に固定する技術をもっているのは国内では同社のみ。器材1個あたりに必要なコーティング剤としては50円と業界での最安値の水準に揃えた。

人工関節に置換して以降、感染については特に注意を必要としてきました。虫歯や歯周病の管理はもとより、扁桃腺炎や犬の噛み傷等々。

2回目の人工関節手術以後は、朝起きぬけのはみがきも習慣化してきました。当時入院していたリハビリ病院の医師の薦めもありました。一旦習慣化すると、歯磨きなしではお茶も口にするのをためらうようになりました(笑)

日本生まれの人工細胞膜

 同社が手がけるMPCポリマーと呼ばれる人工細胞膜は、1970年代に発明された長い歴史を持つ化合物で構成されている。

 先に海外で実用化が進んだため、海外で開発されたと認識されがちだが、実は日本で生まれた生体模倣技術である。

 体内に留置する医療機器が本来の機能を果たせるようにと、中林宣男さん(現・東京医科歯科大学名誉教授)のグループにより生み出されたものの、当時は合成が難しく研究が進みにくかった事情がある。

 のちに加わる石原一彦さん(現・東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻・バイオエンジニアリング専攻教授)により大量合成技術が開発され、メーカーも巻き込み研究開発が一気に加速した。

 MPCポリマー開発当時の治療で使われていた人工血管は、体内に留置した後に血液成分がこびりついて血栓ができるなどの課題があり、治療を受けた患者は抗凝固剤や抗血栓製剤を飲み続けなければならなかった。

 中林さんのグループは、血流にさらされても血液成分が吸着しない健康な血管内の表面の成分に着目した。

 ここから長きにわたる研究の末に生まれたのが、細胞膜を構成する主成分であるリン脂質の機能を模倣した高分子化合物MPCポリマーだった。

 リン脂質と類似した構造を持つ物質を合成し、重合という化学反応を経て、人工細胞膜となる生体親和性の高い化合物を作り出すことに成功した。

医療機器開発への興味から見えた課題解決

 切通さんが、石原研究室のドアを叩いて弟子入りしたのは、1999年、東京大学大学院工学系研究科修士1回生の時。

 医療機器開発をしたいと中林さんに相談したところ、当時東京大学に移っていた石原さんを紹介されたという。

 以降、石原さんのもとでコンタクトレンズの材料開発をはじめ、MPCポリマーの研究に没頭した。

 「石原先生は今もMPCポリマーを学術的な視点で5年後、10年後を見据えた新しい技術を開発している。その5年後、10年後にその技術を受け継いで世に出していきたい」と、切通さんは話す。

 同社の強みは、セラミックや金属、プラスチックなど、様々な素材の表面構造を基にMPCポリマーを合成し、固定化する技術にある。

 MPCポリマーは様々な産業での応用が可能だが、目下、切通さんは医療機器の中でも防汚性、防曇性などを求める製品へ展開し、事業の足場を固める。

 切通さんは、 人の体内に留置して損なわれた臓器の役割を補う医療機器と生体を機能的につなぐ「人工細胞膜」に新たな技術を見出し、大学や企業との共同開発や受託研究に力を入れる。

 人工股関節や人工心臓、人工血管などの体内に留置する医療機器は、けがや病気により損なわれた身体機能を補うために活用される。

 「今や、生体とデバイスが機能的につながる時代です。医療機器そのものの機能は非常に優れているものの、生体との接続部位で生体反応が生じることにより、その機能を生かし切れていない」

 「生体と機器の間の界面に課題が残されているため、患者は我慢して医療機器を受け入れているのが現状と捉えています」と切通さん。

 「機械と人との機能的な融合を実現することで、医療機器の課題を解決したいと考えています」と意欲的だ。

 「生体との親和性が高いので様々な医療機器に応用できるのですが、まずは事業の足固めをするため、開発しやすい分野から展開していきます」と、事業分野の選択には慎重な切通さんだ。

 

こういう技術が応用されてくるようになって、術後の心配事がひとつでも減らせるのであれば、ありがたいことだと。

でも当面は、こまめな歯磨きと歯科受診は欠かせないようです。

固定股関節から人工股関節置換し2年経過

正確には2年とひと月経過しました。左固定股関節を、人工股関節に置換してから。

更新が半年振り、この半年で自分を含めいろんな状況が変化しました。

  • 体のこと

術後ずっと泣かされてきた坐骨神経痛ですが、1年9ヶ月ほど経過した昨年11月ころより痛みの程度がぐっとましになり、術後2年あたりからはトラムセットを服用しなくても何とか生活できるくらいになっています。

ここまで長かった・・・首や腕の痛みがなければリリカもお休みしているので、一日何も鎮痛剤を服用しないという日も多くなっています。すごいです。

手術しなければ一生鎮痛剤とは縁が切れないと思っていたので、現状今日は全く想像していませんでした。

後述しますが生活が少し変わったことも影響しているのかもしれません(主治医いわく)

  • 薬のこと

ビタミンE、B12、ビオフェルミン・・・変わらず

トラムセット、リリカ・・・減量中

トラムセットが減ったor服用しない、ことで、便秘が軽快し、相変わらず胃の調子が良くないことでたまにPPI(タケキャブ)を頓服で使用するため、おなかが痛くてよく下痢します(笑)

素人判断で、PPIによる膠原繊維性大腸炎だと勝手に決め込んで、できるだけPPIの服用をしないように気をつけています。

あと産婦人科の医師と相談し(正確には私の希望で)HRT(ホルモン補充療法)を始めることにしました。不規則ながら月経はあるし、気になるような更年期症状もなかったのですが、骨粗しょう症の予防、このためだけです。

右の人工股関節はこの先入れ替える可能性もありますし、体重の負荷がかかるような運動もできないですし、念には念をいれ、です。

薬ではありませんが、大塚製薬さんのエクエルと、目のためにアスタキルテイン、2種類のサプリも飲んでいます。

  • 介護生活終了

数年前から認知症その他で、在宅介護だった義母が、脳梗塞で倒れ1年入院した後亡くなりました。

内科、整形外科、眼科、耳鼻科、皮膚科、脳外科、歯科・・・通院介助に、服薬確認、ごみの分別・持ち帰り、冷蔵庫の中身のチェックなどなど、長年続けたのち、入院先へ毎日出向いて口腔ケアや洗濯、ジェットコースターのような日々でした。

しばらくは告別式に法事にと、忙しい日々でしたが、いったん落ち着くと、あーなんて体が楽なんだ!と。

迷惑をかけていたあちこちの福祉施設の方々に頭を下げることもなくなり、精神的にもすっかり楽になっていることに気づきました。

やれるだけはやったつもりなので後悔もなし。うちのリビングにお仏壇が引っ越してきたことくらいは許容範囲ということで。

  • お勉強

県の事業でテレワーカー人材養成事業というのを見つけまして、費用負担なく、ま就職に無理につなげなくても良いということ参加して見ました。主にカンテック方式という入力方法をeラーニングで学ぶもので、生まれて初めてかな入力を覚えることになり、ついでにこれまで自己流でがちゃがちゃやっていたローマ字入力もタッチタイピングできるよう練習しました。

こつこつ練習した甲斐もあり、かなの配置を覚えてスローでなら入力可、さらにカンテックコードもある程度覚え、更に更に、ローマ字入力もキーボードを見ずに打てるように!

しかし、速度は自己流の3倍はかかっています。たいぶいらつきます。

でも、早いからと自己流で打つと、いつまでたってもタッチタイピングが上達しないので、慣れるまではサイトの更新もやめておこうとwww

3ヶ月半練習し、タッチタイピング【ランクE・スコア50】だったのが【ランクB?C・スコア150?170】まではきましたが、これではまだストレスフル。ちなみに自己流では【ランクA+・スコア250】でした。いつまでたっても追いつけず。

そういうわけで、定期受診しても、体調に変化があっても、なかなか更新できずにいますし、今後もしばらくは超スローペースになるかと^^;

  • 頸椎のこと

義母のお世話に忙しかった昨年秋ころ、頸椎・肩・腕の痛み脱力が酷く、ついにポリネックを購入しました。

介護や日常生活動作でなにかと負担がかかっていたようで。ひと月くらいは慎重になっていて、マメにつけたり外したりしていましたが、今はほとんど使うこともなく生活できています。

重いものは持たないよう気をつけていますが、やや自分自身が重くなりつつあるという・・・(涙)

頸椎を守るには ジレンマです

左固定股関節を人工股関節に置換し、二度目の夏・・・夏、なかなか終わりませんね。パソコンは、いつもエアコンが効いているリビングではなく2階なので、DVDのデータをパソコンに移動させるのにしばらくかかっていたら、汗だくです^^;

苦手な暑さのために、外出は最低限、ほとんどエアコンの中で生活していると体力も落ち、もしや筋肉も落ちているのか?たまに少し歩くと息切れします。悪循環・・・

術後から起こっている坐骨神経痛は、朝の服薬さえ効いてくればなんとか自制内ですが、頸椎からの症状は時々ですが突発的に起こってくるので、不安や恐怖心が大きいです。

一番多い時間帯は、夕方から夜にかけて。

普通に食卓に座っているときに急に後頸部の違和感に続いて激しい痛み、両腕の脱力。耐えられなくて、首にあわてて湿布を貼ってもらい、治まるまで床に小さく丸まっています。痛みは10分か15分くらいのうちに治まってきますが、腕の脱力はしばらく続くこともあります。

主治医いわく、「あまり良くない症状」。知人がポリネックをたまに使っていると聞いたので、頚椎への負担が減らせるのであれば私もそうしようかと考えていました。

高いところの物を取ろうと手を伸ばしたりするのは、極力気をつけていましたが、主に家事で低いところのものを取ったり準じるような動作をしていると、無意識のうちに首が後ろにそるような姿勢になってしまうそうで、普段の家事動作で知らず知らずのうちに頚椎に負担をかけ、その結果が夕方からの症状になっているようです。

が、やることやってその後に自分の体を気遣うような性格の私では、おそらくポリネックは使わないだろうと・・・言われてしまいました。言われてみると確かに。やるべきことはやらないと。あれ?でもそれってダメなこと?ではないけれど、頚椎への負担を考えると・・・はい、迷路にはまってしまいました。

薬で症状を抑えることは、体に更なる負担を強いていくことになりかねない、と、予てから気にはかけていましたが、なかなかこうストレートに指摘してもらえる機会もなく、主治医には本当に感謝しています。怒られて落ち込むなんてことは「全く」ありません。ありがたいことです。

でも、してしまうのよね。いろいろと。

坐骨神経痛のおかげで活動量はかなり減っては居ますが、もっと減らすべきなのでしょうか・・・それでは生きていけん(笑)

とりあえず、迷路にはまったまま、負担になる動作を減らしつつ、これまで通りの生活で、でも頸椎は守りたい。わがまま、なんでしょうか。

術後1年半 出来ること・出来ないこと

固定股関節が人工関節に変わって1年半。関節の不安定さもかなり減り、このタイミングで出来ること、出来ないことのメモ。

【 長座位 】 【 正座 】

床の上に足を伸ばして座ることです。これはおそらく、股関節を固定していた影響で、左下肢の裏側の筋肉や腱がまだまだ固いことによるかと。

左股関節の屈曲は90度近くまで可能になっていますが、それは膝関節を曲げた状態でのこと。

ですから、正座は普通にできます。きれいな姿勢とはいえませんが。

固定していたときは、右のお尻に重心を置いてお知りの下に座布団などの敷物を厚めにし、グネッとした姿勢で、右腕をつっかえ棒にして座敷に座っていました。背中・腰はねじれてるし、腕はしびれてしかも片腕しか使えないし、右足は重みに耐えかねて感覚なくなるし、とにかく短時間に限られていました。というか、床に座れない・座ってはいけない体でした(笑)

正座ができるようになった今でも、洗濯物をたたみ終わるころには両足がしびれています。慣れないことはやはり長時間は無理ですね。

【 寝返り 】

術前は睡眠時間の98%くらいは(←適当な数字ですが)仰臥位(仰向け)でした。なんなら仰向けで寝た姿勢のまま朝目覚めることもしばしば。

たまに夜中に横向きになりたくなると必ず意識が目覚めて、反射的にクッションを両膝の間にはさみこみ、マットレスの端っこにしがみつきながら短時間だけ右向きに。

今はたとえクッションをはさまなくても横向きになれます。ただ、腰やひざのことも考え、はさんでいることが多いですし、仰向けのときも腰椎への負担を考えて膝が軽く屈曲するようにクッションを敷きこんでいます。

寝返りしないと寝起きの体はバッキバキに固まっていますが、左右にゴロッとできることで少しましなような?

【 靴下・パンツ等の着脱 】

これは正直、術前の固定していたときと余り変わっていないです。

自力で、立位での左股関節屈曲は結構努力が必要なのと、その姿勢がとれても足先に手は届きません。相変わらず靴下は体の後ろで履いています。過屈曲になるのも怖いですしね。

【 歩行 】

坂道・段差は、格段に楽になりました。腰への負担がかなり減ったように感じます。

が、山登りができるほど筋肉の力や持久力があるわけではなく、お城の石段のように段差が大きいと足が持ち上がりにくいことと、屈曲位で体重がかかることへの不安があります。山登りしなくても生きていけますし(笑)

平地の歩行も以前よりは、より長く歩けます。ただやはり持久力の問題が(足と心肺機能両方に)あります。トレーニング次第のように思いますが、全くトレーニングしていません。この季節、太陽の下に出て行くだけで倒れそうになります。

買い物のようにちょっと歩いて立ち止まって、は比較的ラクにできますが、遠くの目的地まで休みなく歩き続けることは全く自信がありません。体力のなさも関係あるのかも。具体的に何キロとか、何分とかはそのときの体調によるので明記できません。

あと、思いつくたびに追記予定。

8月7日 台風の中 術後1年半検診 

左股関節固定から、人工股関節置換術を受けて1年半。半年ぶりに大学受診でした。

台風が接近し、暴風の中でしたが大学病院は駐車場いっぱい、総合受付付近もひといっぱい。病気は台風が来ようが関係ありませんからね^^;

診察前の検査は、両股関節の立位X-Pのみ。歩く姿を見て、手術したことわからないくらいと大学の担当医と外来看護師さんに言って貰えました。細かな筋肉や関節可動域の問題は別として、日常生活では特に困ることはありません。ただ、ひと月くらい前に、起床後すぐ歩きはじめるタイミングで、左股関節から下が引っ張られるような違和感が何日か続きました。筋力の問題?筋トレ少し足りない?と、不安に駆られていましたが、医師の反応は「あ、そう」くらいで・・・小さなことは余り気にし過ぎないように、してはいけないことだけ常に心に留めておこうと思います。

今後は1年ごとでよいと言われましたが、できれば手術した月を基準にしたいので、次回も半年後に。

複数の医師にかかっていることについて

今は、

?今回受けた左股関節については手術を受けた病院で(半年に1回)

?頸椎・腰椎を検査・手術適応についての相談は固定術を受けた最寄の総合病院(必要なときのみ)

?トータル心配事や不安の相談含め投薬してもらっているのは右股関節を手術してもらった医師に(勤務先の病院でなく出先の病院で月に1回)

とややこしいですが分けて診察を受けています。

本当は?の医師に全てお任せでもいいかと思っているのですが、専門は関節。しかも出先の小さな病院で診察を受けているので、脊椎は専門医の居る?の病院で手術適応になるタイミングをみてもらっていますし、閉所恐怖のためこちらの慣れたスタッフの居るところのMRIでないと受けられません(情けないですが)

?は?の医師からの手術のための紹介。大学なのでデータを取るという意味合いもあっての定期受診。

専門の細分化、身体的(精神的?)都合、相性、いろんな要素でこうなってしまっていますが、?の医師とは、信頼関係が築けているので退職されるまではお付き合い願いたいと希望しています。

不安です、医師の退職後^^;

2月16日 術後1年の検診でした

左固定股関節から人工股関節置換術をうけて1年(正確には363日)経過しました。

本日は手術を受けた大学病院受診です。

今回は忘れないよう(笑)診察前に単純X線撮影とCT撮影を済ませました。X線撮影は、股関節2方向だけでなく、脊椎2方向(正面側面)同様に下肢も。大学ですから。データ集めてますから。たぶん。

術後の経過は、股関節に限ると極めて良好です。手術直後の時点では、杖歩行からフリー歩行になるのに2年かかるといわれていました。が、3ヶ月半余りでフリー歩行(短距離に限る)となり、ポテンシャルの高さを誉めて(?)いただけました。

あとは、腰椎・頸椎の問題です。先日頸椎MRI含め、診察してきたことを報告。脊椎については、そちらの先生が専門であるし、信頼できると思うと。御意。専門外に口出ししないのは、わかります、当然かと思われます。

あとは歩行解析ですが、リハビリ室の都合でふた月ほど遅らせて実施することになりました。それが済めば解析も終了。診察も半年後。ほんとに経過良好です。(あくまで股関節に関してですが)

先生のお墨付きもいただいたので、ずっと通っていた回復期病院の外来リハも思い切って終了することにしました。

筋トレはできる範囲で自分でしていくことに。モチベーションを保てるかが課題ですがサボれば即刻自分の生活に跳ね返ってきます。頸椎や腰椎の問題もあるので、体を守る意味でも頑張って続けていかないと・・・です。

今日は早め早めに行動したおかげか、レントゲンも外来も会計も待ち時間が少なくて済みました。ブランチにタリーズでコーヒーとサントイッチを食べる余裕もあり。しかし、メニューを選ぶときは炭水化物に偏らないよう、少しでもたんぱく質が取れるものを選ぶように気をつけています。筋肉、減らしたくありませんから?

6月23日 一日中介護

先日の、サ高住施設長、ケアマネさんとの話し合いの結果をふまえ、認知症を診ていただいている脳外科に受診。

攻撃性あるため、アリセプトが中止になりました。離脱症状あればまた受診して、と。

その足で、入院前に勤めていた脳神経科クリニックにも受診。お願いして抑肝散を処方してもらいました。(介護の方々が、アリセプト中止だけではおそらく納得して貰えそうになかったので)

攻撃性でアリセプト中止したのなら、メマリーに変えて服用させてみてもいいかもねと。

とりあえず今日のところは、抑肝散持参で義母を送り届け、残ってたアリセプトを引き上げてきました。

総合病院を受診させるのは、結構しんどくて。自分がなんとかかんとかでヨゴヨゴ歩いている状態なのに、義母が支えてあげないと歩かない!

しかも、重い!私より15cmくらい背が低いのに、体重は15kg以上重い!

なんなら義母と私の分合わせて120kgくらいを支えないといけない。

このまま二人でコケたら、ふたりとも入院やなぁ・・・私は脱臼、義母は骨折。恐ろしいことを考えてしまいました。

もちろん、こけずには帰ってこられましたが、変に疲労困憊です。

介護は、股関節を守らないといけないものにとっては、ほんとに負担です。

6月21日 サ高住へお話し合いに

今回も介護の話です。スルーしてください。

なんで介護の話がちょいちょい入ってくるかというと、体調が悪くていすに座っていられなかったころの記録を、1年以上後に手帳を見ながら書いているため。

坐骨神経痛、恐るべし。その痛みを押さえ込むトラムセット、さらに恐るべし。

 

 

義母の入所(入居)しているサービス付き高齢者住宅で1時間ほど話し合いがありました。

流石に1時間座りっぱなしはちょっとキツかった・・・

もともと一人暮らしで、内科的、整形外科的、眼科的、耳鼻科的疾患を抱えた上に認知症のある義母。

主なお世話係であった私の入院中のみという約束で、預かっていただくことになってたのですが、優しいスタッフの方に甘えだしたら止まらなくなり(もともと依存心強め)認知症状もあっという間に悪化したようです。

『部屋の電気のスイッチが自分で操作できない、着替えは手助けがないとできない、食べたことを忘れている、預けてあるお菓子やジュースのことを無いと言って怒る

ディサービスでは、周りの人のことをその本人の目の前で平気で言う、抑制が効かない、興奮しやすい、攻撃的

薬を飲んでも忘れている、食事は食べたいものを食べたいだけ食べてしまう、人の残した漬物を食べる、被害妄想もありだんだん施設の中でも孤立していっているようだ』と

自分の親でなくとも、聞けば聞くほど項垂れる、申し訳ない気持ちになってしまう内容の話でした。

今後、果たして自宅に帰るのか、このままの生活を続けるのか。

週末のタイミングで一度試しに自宅で泊まってみて(付き添いがついて)一人でどこまでできるのか見定めることとなりました。

往復30分余とはいえ、もし自宅に戻ったなら入院前のように毎日のように受診の介助や日常生活の世話を、私の今の体で出来るのか?

そちらのほうが不安です。

6月18日 お薬の処方日

自宅での生活も3週間。だいぶ慣れてはきましたが、痛みは早々簡単にはいかないようで・・・

回復期リハ病棟での毎日にように、平らな廊下をひたすらぐるぐる歩くとか、階段を6階から1階まで往復するなんてことはまったくもってありません。

なので、ゴロゴロし放題なのをいいことに、先週くらいからトラムセットは1日3回から2回に減らしています。今日は処方日で、リリカも1日200mgから150mgに減ることになりました。

ま、なんとかなるでしょう!いざとなったら自分で加減しているので超楽観的。

6月16日 同志でランチ

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回復期リハ病棟で同室だった方が退院されたので、お喋りついでにランチへ。

この方とは、リハビリの進むにつれて腰や坐骨神経に痛みが出た仲間、でもあります。

ランチして食後のデザートもセットにして

そして更に

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もう一軒カフェに行ってしまいました(*´艸`*)

体重管理、退院した途端後回しになる意志の弱い私です。