傷周辺の痛みは相変わらず・・・
筋トレは控えて、腹筋と背筋だけにしている
今日の夕食からお部屋の3人とも1階の食堂に行くことになった
入院時から食堂で食べたいと伝えていたけれど、慎重になってるのかもっと慣れてからにしてくださいといわれてた
明日から朝食の前にきちんと身支度・洗面を済まさないといけなくなった?^^;
ハローワークへ所要で出かける・・・が、今日は初めて自分で運転していくことに!
自分の車(プジョー)に比べると足元は広いけれど、慣れない姿勢でなんとなく居心地が悪い感じがする・・・
もう少し筋力が十分ついて慣れてくれば大丈夫かな?
運転できたことの安心感とほんのちょっとの不安感、まずは一歩前進ということにしておこう!
夕方ベッドサイドに腰掛けていると傷の辺りがカーッと熱くなってくる・・・触ると確かに熱くなっている
ちょうど傷の上になるけどまぁいいや、とシップを貼る
ナースステーションでちょっと話して、治まらなければ内服(鎮痛消炎剤)することにするが、しばらくすると治まってきたのでそのまま就眠することにする
夜中過ぎに同室の人が眠れないのか床頭台をバタンバタン開け閉めしたり、何かを食べたり、おまけに部屋の中をうろうろしている・・・頼むわ(汗)ほんま
おかげでその後悪夢を見た・・・恐怖映画だわ
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術直後からしばらくの間
「終わったからねー!」
必要以上に大きな声で意識が現実に引き戻された。
目覚めた先は楽園でも天国でもない。恐ろしいほどの超現実の世界。どちらかというと地獄の方に近いかな・・・
ものすごく憂鬱な瞬間だ。
終わったからといって全てスッキリ!ではない。
終わったのは「手術に関わった先生やスタッフの仕事」であって、私の術後はこれから始まるのだ。
目も開けられないままあちこちからいろんな指示の声がかかり、いろんな手が伸びて私の体にさまざまなものを装着していき、バタバタしたまま病室に到着したらしい雰囲気だ。
夫が呼ばれて手術説明を聞きに行った(ようだ)。子どもたちが無言で恐る恐る私の手を握った(ようだ)。
消え入るような小さな声で
「おかあさん・・・」
手術に搬入されたときの私の顔と余りに違う真っ青で冷たい生気のない顔にどうも恐れをなして声がかけられなかったらしい。
いつの間にか主治医がそばに来ていて
「お母さん頑張ったよ」
と子どもたちに声をかける。
先生?冗談言っちゃいけないよ?頑張ったのは先生方であって、私の頑張りは「今」から始まるんです・・・
はっきりしない意識のまま時間の経過もわからず、おびえた(笑)子どもたちは父に連れて帰られた。
泣きそうな小さな声で「頑張ってな」と。
返事もできずに手だけ握り返した。
息が・・・苦しい・・・
全身麻酔は2回経験がある。術後は深呼吸して、気持ちを落ち着けていればだんだんと楽になっていく(はずだった)
なのに息をしてもしてもしても、まるで気管から肺にかけて真綿を詰め込まれているような苦しさ。
腕を持ち上げたり、首を左右に振るだけでも力を振り絞るようなエネルギーが要る。なんなんだぁ??
貯血が700mlしか無かったことで、日赤の血液を輸血すると言ってた主治医。
出血が多くて約2000mlもあったのに、なんと!輸血なしで自己血を戻しただけだという・・・
術後のぼ?っとした頭でも簡単に計算できた。
2000-700=1300・・・血が1300mlも足りんーっ!!?
前回、左股関節固定の時、若かった(26歳)こともあって輸血せずに手術したことで術後ものすごくしんどかった・・・それでも出血量は3桁に留まっていた。だから今回は日赤の血液でもかまわないからバンバン入れて欲しい旨伝えたあったはずなのに、主治医は親切心で(?)今回も輸血なしで済ませてくれたようだ。
苦しいはずだ。
術直後のヘモグロビンは8台。左手には術中に何度採血したのか血管に沿って数えられないほど針穴が残っている。そのため術直後の採血は、左のソケイ部から若い医師が動脈血を採っていた。
その後一時的にヘモグロビンは7台まで下がったが、普段は13?14くらいある私にとってその値は約半分。貧血恐るべし。私は貧血を甘く見ていた。その後の苦しみを体感するまでは・・・
38度?39度くらいの発熱がずっと続いていた。痛みは硬膜外チューブからの鎮痛剤でコントロールされていたけれど、担当看護師さんにすればこの熱を見過ごすわけにはいかなかったようだ。
ただでさえ全身倦怠感・脱力感に常時包まれている身としては、熱が出てるくらいはさほど大きな問題に感じない。というか、誰にも何もかまってもらいたくない、喋りかけてもらいたくないほどのしんどさ。
1時間ごとに体温と血圧を測定しに来るが、血圧が低すぎて解熱用の座薬が使いづらい状況であったらしい・・・。それでも時々ボルタレン座薬(12.5mg)が使われ、その量の少なさから中途半端に熱が少しだけ下がり、発汗で余計に気分が悪い・・・という私にとっては少々迷惑な結果が招かれる。
私が座薬は要りませんというと、今度はわきの下に氷を持ってきてはさんでいく。看護師さんにすれば発熱という問題点に対して何らかの対応策を講じた、という事実が必要なのだろう。
とにかく出入りが多いのと体の余りの苦しさに、最初の二晩はほとんど眠ることもできないままだった。
体が自由になった今だからこうして振り返られるけど、苦しいだけでなく楽な姿勢をとることもできない拘束感・・・あぁ、死ぬ前はきっとこんな感じに苦しいんだろうな、と。今までの私の生き方に問題があったのかしらとか、わけわかんないことばっかりが頭をめぐってた。そう、考えるなんてことはできない、ただ頭をめぐってた。
「お世話になりました・・・」
気持ちのこもってない義務感だけのこの言葉を何回吐いただろう。吐いた・・・息をするついでに
仕方なく言葉にしたという感じ。
吐いた言葉は相手に伝わる前に病室の空気に紛れて消えていくだけなのに。
手術なんかするんじゃなかった・・・心の中で何度も泣いた。
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3歩進んで2歩下がる・・・そして病院ボケ
立ち上がりのときの骨に響く感じはなくなってきた。が、傷周辺の奥のほうの痛みは相変わらず間欠的にある。鈍い痛みや軽いシビレ。
荷重3分の1に後戻りしたことは精神的にかなりこたえている・・・というか、モチベーション下がりまくりだ(涙)
担当ではないPTさんは朝早くに呼んでくれる。
縮んだ筋肉は、関節が痛んで弱ったことが原因でなっているものは、筋力が回復してこないとなかなか伸びてきてくれないみたい。筋力をつけようと連日トレーニングに励むより、筋肉に疲労がたまらないように休みの日も入れてあげたほうがいいと言われる。
はっはぁ?ん、なるほど・・・気になる下腹を引っ込めようと一日中暇があったら腹筋運動したりしても効果はさほどではないのだな・・・
昨日は一日、足の痛みと気持ちのダレで運動も筋トレもしてないので今日はぼちぼち再開しようかなと思う。
同室のおばあちゃんが新聞読む?と言ってくれる。
今日は休刊日だったのでは・・・と返事すると、それは昨日 今日は火曜日よ、と。
前の病院より更に日中のイベントが少なく、ナースステーションも階下で人の出入りもほとんどない
全く刺激に欠けた環境。ここでずっといると四季も時間の流れも感じないまま年をとっていきそうで怖い?
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たまには憂鬱な日だってある
昨夜は消灯後から、手術の傷跡の下半分からドレーンの入っていたあたりにかけて痛かった・・・我慢できないような痛みじゃないけど、手術して7週間がくるというのにまだ痛みが時々あるっていうことの不安でなんだか気分がすぐれない。
例によって背中の痛みで夜半過ぎからは眠りも浅く、おまけにトイレに3回も起きた(悲)
踏み込むとモモの真ん中から膝にかけて骨に響く感じもある・・・朝の回診で先生に言うと
「あんまり良くない兆候やな・・・症状のあるときは無理に荷重せずに、一段階前に戻すくらいのつもりでゆっくり進めて」
グワーン・・・
「良くない兆候」という言葉が頭の中で何度もコダマした。
気力が充実してて活気に満ち溢れているときなら、コレくらいの症状は何も気にならない程度のものなんだろうと思う。
たまにはこういう憂鬱で凹み気味の日だってあるさ。
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担当のPTさんが私用で4日間お休みだ。
月・木だけ代わりの人がリハビリをしてくれる。が、可動域訓練だけで筋トレはなし。
傷の痛みと踏み込み時の響く感じが気になって、今日は一日ベッドから
離れることがなかった。
筋トレもほとんどせず、歩いたのはトイレとシャワーとリハビリの往復だけ・・・怠惰な生活だ。
気分も沈みがちだし一日くらいはいいかっ、と思う。一日だけなら、ね。
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リハビリメニューと車の運転
介助で側臥位になることもやっと慣れてきた!
ベッドでためしに自分でやってみても、なんとなくな形でできるようになった。けど、夜寝てるときに無意識に横向きになっては困るのでできるだけベッドでするのはやめようと思う。
いつものメニューのあと、ヘルスメーターで再度荷重2分の1をチェックしてみる。ほぼ25kg前後でうまくいってる?が!立っている姿が足が開きすぎだと言われる。前医でのPTさんにも同じことを言われてできるだけ足を閉じるように意識してきたつもりだったけど、まだだいぶ開いているみたい・・・
鏡の前に立ってみると確かに^^;
意識して閉じてみるとモモの内側に違和感があり、無意識におしりの筋肉に力が入る。
PTさんいわく、おそらく筋肉のバランスが悪いのだろうと。外転筋がかなり弱くてトレーニング中だが、内転筋も緊張して硬くなっているだけで筋力自体は同じように弱っているのだろうと・・・。
そういうわけで、またしてもトレーニングのメニューが増える。座位で足をやや開き気味にし、足が閉じてしまわないように固めの枕を挟んで内向きに力を入れるトレーニング。
「この筋肉を鍛えると、この肉も(←ウチモモの肉を指差して)取れますよ」とPTさん。ははは・・・と私、苦笑。
取りたい脂肪は体中にある。特に下半身。いい機会だから少しでも足が引き締まればいいなぁ?☆
●車に乗ってみる
左足が外転位のため、車の運転席に座れるかどうかはかねてからの懸案事項。
ちょうど家人がプジョーで来院していたので試しに乗ってみることにする。座面を高くする用と、股枕用にバスタオルを沢山持っていく。ハンドルは目いっぱい高くしてシートはやや後ろに引き気味に。
左足が邪魔して(!)ブレーキに右足が届かない!
更にシートをやや引いて左足を曲げると、なんとかかんとかブレーキに届いた・・・病院の駐車場内を試運転してみる。まぁなんとか無難に運転できたが、長時間の運転は厳しいかも・・・(汗)
ベンチシートの車みたいに足元が広い車がいいのかな・・・プジョーはまだまだ乗るつもりだったからなんだかちょっと悲しかった(ガクッ)
近場ならなんとか乗ることができるかな、超安全運転なら。
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3日遅れの荷重2分の1開始
今日荷重2分の1の練習をするに当たり体重を測定・・・53.5kg、やっぱり術後増えている(涙)
荷重2分の1というのは結構術足にズシッとくる感じがする。
この3週間余り3分の1荷重できたことで、その感覚に慣れてしまっている。
リハビリ室で何度もヘルスメーターにあがったり降りたりして感覚をつかもうと練習したけれど、なかなか1回では難しい・・・明日からもなんどかチェックしていくことにする。
部屋へ帰ってふと、杖なしで両足で偏らないように立てばこれが半分なんだと気づく。はっはぁ?なるほど。でもやっぱり半分ってこんなに重いんだ・・・
筋力はトレーニングでなんとか増やしていくことはできるけど、荷重をかけていかないことには骨自体が弱ってしまう。恐る恐るでも2分の1を意識してかけていけばそのうち慣れていくのかな?
シャワーのときに、傷ではなく関節の辺りがチクチクしてちょっとドキドキした。
同室の患者さんが、ケアマネさんに来てもらって介護保険の申請を始めた。
退院後の生活はまだ想像しにくいところだけれど、屈んでお風呂やトイレの掃除とか、床の雑巾がけなんかはとてもできそうにない。家事援助を頼むか頼まないかは別にして、今後の住宅改修や日常生活用具のこともあるので申請だけは済ませておいてもよさそうに思う。
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初めての側臥位☆
昨日の受診の延長で、今日のリハビリで側臥位での外転運動が始まる。
PTさん手作りの股枕で、リハビリ室のベッドでゆっくり・・・なれた!!!
あ?何ヶ月ぶり(?)かの横向きだぁ♪
術後しばらくは傷の消毒のために先生の介助つきで側臥位にはなってたけど、枕を挟んでの側臥位は
今日が初めて!
が、中殿筋のこのか弱さ・・・
斜め後ろに持ち上げる感じで、といわれるけど、自分で最大限の力を入れてもどうも足はビクとも動かない(汗)まだまだ訓練が必要だわ
でもって、この側臥位の訓練に私もPTさんも必死で、荷重2分の1の練習をするのを忘れていた!
ははは(汗)明日は忘れないように言わねば?
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術後6週間と1日 受診の日
朝食後すぐ入院中の病院を出発!受診先の病院での滞在は9時過ぎから12時前まで・・・
外出先がたとえ病院でも気晴らしにはなるのだぁ☆
●3週間の節目の受診日
術足の荷重を進めるための節目受診です。右股関節2方向のX線写真を撮影。
傷がちょうど真下になる角度での撮影で「痛いです?」と泣き言を言いながらの撮影で、技師さんも苦笑気味(汗)
待合室の椅子は普段座っているベッドよりかなり低い・・・が試してみると案外すんなり座れる。
いつものように「おぅ」と右手を挙げながら「どう?」と。
移植した部分も異常なし、骨頭の印をつけたところも前回の位置と変わりなく動いた様子もなし。手術したところに関しては異常なしなので、術足の荷重も2分の1にアップすることに!
入院先のPTさんから聞くように言われていた階段の練習に関しては「まだ」と。
普通は健足のほうから上がるのだが、私の場合は固定していることで左から上がることが難しいので無理に今から練習することはない。ただ年齢的にまだ体が柔軟なので、少しの段差などは器用に上がることができるのでそれは無理しない程度にかまわない、と。
車の運転OK(座面を高くして必要以上に股関節が屈曲しないように注意)
プールOK(胸まで水につかると浮力で足にかかる体重は2分のになる)
要するに荷重2分の1さえ守ればなんでもしていいよ?といういつも通りの指示。
受診がお昼までかかったので、帰り道のCAFEでランチ☆
その後、開業する脳外科の先生との約束があるのでハローワークへ行く。入り口のタタキ(?)は四角いタイルを敷き詰めたもので、雨のこんな日は松葉杖が面白いように(汗)ツルツルすべる。
おかげで1?2回、右足に全荷重×1.3倍くらいの重みがかかったよ^^;
そしてかねてより念願の美容室でカットとカラーリングをしてもらい、夕食に間に合う時間に病院へ帰る。
家へ帰ってもいいのだけれど、結局階段が上がれないことには家での生活は無理。もう少し筋トレに励んで右足がしっかり自分のものになってからのほうが無難なんだろうなぁ・・・
家だと筋トレサボりそうだし。
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リハビリテーション実施計画書(9/1計画)
によると
ROM(関節可動域)
右股関節 屈曲45度、外転25度、外旋10度
MMT(徒手筋力テスト)
大腿四頭筋・・・4?
中殿筋・・・・・・・3+
だそうです。
術前に障害の等級変更のためにしてもらったMMTでは2とか書かれてたからそれに比べればずいぶん進歩したものだ(感心)
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モチベーションのこと
筋力維持・増強や良肢位保持、体重のコントロール・・・
手術を終えても常に心がけていかなければならないことたちだ!
ただ、その方法をわかっていることだけではダメで、常に気持ちを保ちながら
努力していく必要がある・・・はっきり言って自信なし(シュン↓)
回診の時の簡単な徒手筋力テストで「普通の人の6割あるかないかくらいの筋力」といわれ
当然のことだけど道のりの長さを改めて実感する・・・まぁ、術前は限りなくゼロに近い筋力だった
から私としてはかなりな前進だと喜ぶべきなんだけどね。
そんなときにあればいいもの
・ポジティブな同病の仲間
・適切な参考書(私の場合は医療従事者用の手術前後のマニュアル本)
・ネットで見つけたさまざまな“ためになる”サイト
・悩みやちょっとしたことを相談できるひと
何事にもいえることだけど、一人で悶々と、フツフツと、コツコツと、やってても
孤独の沼に落ち込んでいくだけ。
街で歩いていると、こんな病気を持った人間は世の中で私一人なんじゃないかしら?なんて
錯覚に陥ってしまうけれど、病院に入院すれば周りは同病者ばかりだし、コミュニティサイトに
参加すれば同じような病気の人たちと小さな悩みも共有できる。
いろんな所に出かけていくことや、いろんな人と出会えることは、病気の悩みを解決するため
だけでなく、人生を豊かにしてくれるさまざまなものを得られる(ように感じます)
●変形性股関節症の会 のぞみ会
変形性股関節症の人が、この病気について正しい知識を得たい、また同じ病気の仲間と情報を交換し、支えあい励ましあっていきたいと呼びかけ創設された患者会です。
(現在は全国で12支部)
機関紙の発行・講演会や講習会の開催・専門医による医療相談などさまざまな活動を行っています。
●人工股関節ってどんなものですか
ジョンソン&ジョンソンが専門医の監修で作ったサイト
人工関節の理解から手術、リハビリ、日常生活での注意まで簡潔にまとめられています
●基礎知識 人工股関節ガイド主に手術にまつわるさまざまなこと、人工股関節の種類や手術手技などについて
きれいにまとまられています。
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